私は、この歳になっても、割と夢見がちな性格で思い込みの激しいところがある。
幼稚園のころ、NHKのアナウンサーが渋く張りのある声と弛まぬ息継ぎで
「夕方からところにより俄か雨です」
と言うと、きっとこの人は何か素敵なことを言っているのだろうと思っていた。
学生の頃、この話をあやちゃんというタバコが命で果物柄の開襟シャツばっかり着ている友人に話したら、蜜柑を口に入れてモゴモゴさせながら「…生命保険のCMみたいな感覚だな」と言われて、ちょっと笑ってしまった。
あやちゃんは初めて会った時から、ただ、私のユートピア脳に冷や水をぶっかけてくれる存在だった。
「優しく見えるひとほど嘘をつく確率は、高い」
人生の中で、優しくない友達は大事にしたほうが良い。
ゼミのみんなで最初で最後の旅行に行ったとき、あやちゃんは車を出した上に運転手をしてくれた。
ボロボロのメタリックグレーのニッサン・サファリで異様なほど燃費が悪く、ガソリンを切らさないようにヒヤヒヤしながら福岡から鳥取まで行った。
夜の9時頃から出発して高速道路を深夜料金で走る。
最初の2・3時間はみんなで歌ったり、ゲームをしたりしながら盛り上がっていたのだが、一人二人と寝落ちしてしまい、車内で起きているのが私とあやちゃんだけになった。
あやちゃんが「眠い」と仕切りにいうので、私はバックの中から飴を取り出した。
封を破って、あやちゃんの口元に差し出す。
あやちゃんはブルース・リーくらい眉間に皺を寄せて
「これ何味?!💢」
とキレ気味に聞いてきた。
「ミルクすもも味よ」と私は言った。
「はぁ?!💢」
と激ギレしたあやちゃんの様子がおかしくて、私は「ミルクすもも味って聞いたことないね」と息も絶え絶えに笑いながら言った。
あやちゃんが何か言おうとした時、急に雨が降ってきた。
ワイパーを起動させる。
ギィ!ギィ!と地鳴りのようなものすごい音を立てたので、みんなが一瞬目を覚ました。
「驟雨」「すぐ終わるから。ちょっと我慢して」とあやちゃんが言った。
これから先、何年生きても、多分、驟雨という言葉を2度と人の口から聞くことはないなと思った。あやちゃんの言葉は、私たちに掛けられたものなのか、車に掛けられたものなのか、当時はよくわからなかったけれど、今は多分後者だと思う。
あやちゃんは卒業後も、会食で博多の高級料亭に行った後に「ファミチキ食べたい。11時半になったらあそこの角まで来て」などと無理な電話を寄越した。心を許した人にはとても横柄なのにシャイで寂しがりやで、嘘がつけないが為に口が悪い。それでも嫌われていなかったのは、思考や行動に一貫性があったからだ。
あやちゃんは主席卒業だったのに、式の賞状授与代表をブッチして、何食わぬ顔で飲み会にだけ顔を出した。
その時にあやちゃんにドライブの驟雨の話をした。
「…自分が使えばいいやんけ」
あやちゃんはトイレに行ってしまった。
あやちゃんとはもう数年会っていないけど、一ヶ月に一回くらい「豚」とか「焼肉」とか変な熊のスタンプとかでLINEが入ってくる。そのうち会うかもしれないし、少なくとも数年会わないかもしれない。
▲どこに売ってるんでしょうかね。もう見なくなっちゃいましたね。
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